漢字の成り立ち
2019/04/15
漢字は、約3500年ほど昔、紀元前15世紀頃に中国で作られたと推定されています。
その前から漢字の先祖らしいものはあったようですが、考古学資料に基づいた確かな漢字の原形として存在する最古のものは殷王朝(商)の前期(B.C.16世紀~B.C.14世紀)の遺跡から出土しています。その後殷王朝の後期の遺跡・殷墟(河南省安陽市)から大量の甲骨文字や金文(祭礼用の道具に鋳込まれた漢字)が出土しました。
言い伝えでは、殷王朝(商)の第21代王武丁(甲骨文による。諸説あり)によって広まったと言われています。
この王は、生まれつき言語障害があり、それがゆえにある時期、嗣子の座を追われて諸国を巡り歩きました。
これは、王は神の言葉を臣下に伝えるという事が大切な神事で、聾啞では、それが不可能であるという理由からでした。
やがて父王(第20代王小乙)の崩御により、紆余曲折の末、即位してのち、「象を森羅万象から抽き出せ」という詔を発しました。
この王の在位中に殷王朝(商)の武威は大いに振るい版図は最大になったと伝えられています。
武丁は即位後59年目に崩御して、高宗の追尊を受け、高宗武丁として甲骨文に残されています。
その前から漢字の先祖らしいものはあったようですが、考古学資料に基づいた確かな漢字の原形として存在する最古のものは殷王朝(商)の前期(B.C.16世紀~B.C.14世紀)の遺跡から出土しています。その後殷王朝の後期の遺跡・殷墟(河南省安陽市)から大量の甲骨文字や金文(祭礼用の道具に鋳込まれた漢字)が出土しました。
言い伝えでは、殷王朝(商)の第21代王武丁(甲骨文による。諸説あり)によって広まったと言われています。
この王は、生まれつき言語障害があり、それがゆえにある時期、嗣子の座を追われて諸国を巡り歩きました。
これは、王は神の言葉を臣下に伝えるという事が大切な神事で、聾啞では、それが不可能であるという理由からでした。
やがて父王(第20代王小乙)の崩御により、紆余曲折の末、即位してのち、「象を森羅万象から抽き出せ」という詔を発しました。
この王の在位中に殷王朝(商)の武威は大いに振るい版図は最大になったと伝えられています。
武丁は即位後59年目に崩御して、高宗の追尊を受け、高宗武丁として甲骨文に残されています。