埴輪と埋葬

2019/08/07


久しぶりにブログを更新します。
相撲のルーツは、皆さんご存じ通り、(すい)(にん)天皇の治世のみぎり、大和の国の住人、タイマノケハヤという力自慢の男が対戦相手を求めていると聞き、垂仁天皇は出雲の国からノミノスクネを呼び、紀元前2377日に.に二人を対戦させたところ、ノミノスクネが、タイマノケハヤの腰骨を()(くだ)き、勝利したと古事記や、日本書紀に記されています。
これが、相撲のルーツといわれていますが、むかしは、蹴り合いだったようですね。

その功により、ノミノスクネは、タイマノケハヤの領地を(たまわ)りました。

当時は、天皇などの貴人が亡くなると、大勢の従者が殉死(じゅんし)させられるという風習があり、時には天皇陵などに生きたまま埋葬させられるということもあったようです。
これを哀れと思召された垂仁天皇は、皇后逝去(せいきょ)にあたり、殉死に代わる方法はないか、と周囲に問いかけました。そこで、ノミノスクネは、埴輪(はにわ)(けん)(じょう)し、殉死に代えるものとして提案したところ、垂仁天皇は、これを(よみ)した。
これにより、ノミノスクネに、土師(はじ)氏の姓を与え、代々その子孫が、埴輪を作り、皇族の葬儀を取り仕切ったといわれています。


 

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